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仙台地方裁判所 昭和53年(行ウ)2号 判決

原告 菅野隆

被告 仙台北税務署長

代理人 笠原嘉人 延沢恒夫 岡本善吾 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

被告が昭和五一年一二月一四日付で原告の昭和四八年分所得税についてした更正処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因および被告の主張に対する反論

一  原告は、昭和四八年分における所得税の確定申告書に、総所得金額一二九万〇二〇〇円、分離長期譲渡所得金額零(昭和五〇年法律第一六号による改正前の租税特別措置法三一条一項による。)、納付税額二万五一〇〇円と記載し、これを法定期限内の昭和四九年三月一五日に申告し、次いで昭和五一年三月一〇日に、総所得金額一二九万〇二〇〇円、分離長期譲渡所得金額一〇一八万〇〇〇七円、納付税額一五五万二一〇〇円と記載した修正申告をし、更に、同年五月六日に、総所得金額一二九万〇二〇〇円、分離長期譲渡所得金額二五四五万八三九九円、納付税額三八四万三八〇〇円と記載した再修正申告をしたところ(再修正申告額の内訳明細は別表一「原告修正申告額」欄記載のとおりである。)、被告は同年一二月一四日付で、総所得金額一二九万〇二〇〇円、分離長期譲渡所得金額四七三六万六一〇四円、納付税額七一三万円とする更正決定と過少申告加算税一六万四三〇〇円の賦課決定をした。

二  原告は、右の更正決定と過少申告加算税賦課決定に対し、昭和五二年二月一〇日被告に対して異議申立をしたが同年五月一〇日にこれが棄却されたので、同年六月一〇日に国税不服審判所長に対して審査請求したところ、昭和五三年六月二日付で審査請求が棄却され、これが同月一九日頃原告に送達された。

三  原告は、昭和四八年一一月一〇日、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)に対し、仙台市東六番丁三四番一、同番四ないし六の原告所有宅地六八九・三六平方メートル(以下「本件土地」という。)を新幹線路線建設用地として代金七八五〇万八六八八円で売渡し、同月二九日に右代金の支払を受けたほか、昭和四九年一〇月三〇日に損失補償金の内金一三七二万三〇〇〇円を、また昭和五一年四月一三日に損失補償金の残金五八八万一九六八円を国鉄から受領したので、分離長期譲渡の収入金額はこれらの合計額九八一一万三六五六円となる。

ところで、原告は、原告が代表取締役をしている訴外株式会社菅長商店(以下「菅長商店」という。)の仙台信用金庫(北仙台支店扱い)に対する貸金債務について連帯保証人となり右の宅地に根抵当権を設定していたが、国鉄に右土地を売渡すに当つて根抵当権を抹消するよう国鉄から求められた。そこで原告は昭和四八年一一月三〇日、国鉄から受領した売買代金のうちから二五〇〇万円を右保証債務の弁済にあてた。

原告は、前記の再修正申告にあたり、右のうち二三〇八万八一六〇円を所得税法六四条二項による求償不能金額として収入金額から控除して分離譲渡所得金額を算出したところ、被告は右金額が求償不能ではないとして収入金額から控除しないで分離譲渡所得金額を算出のうえ更正決定したものである。

四  菅長商店は、数年来売上高が減少して営業成績が低下し、多額の借財をかかえて資金に窮していた。そこで原告は前記保証債務履行後も多額の資金を融資して事業の継続に努力したが業績は好転せず将来の収益が期待できなかつた。そこで原告は菅長商店に対する求償権の行使が不可能であると判断して昭和五一年三月一〇日に二五〇〇万円の求償金債権のうち二三〇八万八一〇六円について求償権の放棄をした。

右の求償権行使が不能であつた理由は以下のとおりである。

(一)  菅長商店の資産、負債の状況は別表二のとおりであり、このうち昭和五一年三月期以降は原告からの本件債務免除益二三〇八万八一六〇円が含まれているから、これを含ませないと、昭和五一年三月期は二〇一八万六〇八二円、同五二年三月期は一九〇五万七六六一円、同五三年三月期は二三六五万〇〇六〇円の負債超過となる。また、菅長商店の各決算期における当期純利益(損失)の申告状況が被告主張の別表三のとおりではあるが、昭和四九年三月期の当期純利益の中には国鉄から受領した借地権消滅に対する補償金二二〇〇万円が、昭和五〇年三月期の当期純利益の中には国鉄から受領した損失補償金の内金二四六万三〇〇〇円が、昭和五一年三月期の当期純利益の中には国鉄から受領した損失補償金の内金八九三万五〇〇〇円と本件債務免除益二三〇八万八一六〇円が、昭和五二年三月期の当期純利益の中には国鉄から受領した損失補償金の残金四八八万五六〇〇円が、それぞれ含まれているので、これを含ませないで計算すると、昭和四九年三月期は四四五万四五二五円、昭和五〇年三月期は五八四万五七三九円、昭和五一年三月期は二一八四万七四一一円、昭和五二年三月期は三七五万七一七九円の各営業損失が生じたことになる。

このように菅長商店は毎年多額の負債超過と営業損失の状態となつていたものである。

(二)  菅長商店は、昭和四八年一一月二九日、国鉄から借地権消滅の代償として二二〇〇万円支払われたが、全額、仙台信用金庫に対する貸金の返済にあてた。次に、菅長商店は昭和四九年一〇月三〇日、国鉄から建物等損失補償金一一三九万八〇〇〇円の支払を受けたが、このうちから、昭和四九年一〇月三〇日遠藤昭子に対し三五万円、同日原告に対し五〇万円、同月三一日原告に対し七五〇万円、同年一一月一日仙台信用金庫に二〇〇万円をいずれも貸金返済のため支払い、同月二日一〇四万八〇〇〇円を手形決済にあてた。また、菅長商店は昭和五一年四月一四日、国鉄から損失補償金四八八万五六〇〇円の支払を受けたが、同日、仙台信用金庫に三五〇万円を貸金返済のため支払つたほか一三一万九七六〇円を手形決済にあてた。

従つて、菅長商店が国鉄から支払を受けた補償金から原告の本件求償金債権について弁済を受ける余地はなかつた。

もつとも、右に述べた各支払先の中には原告自身が支払を受けた五〇万円と七五〇万円とがあり、これら金額については本件求償金債権を行使して求償金に対する弁済として支払を受けることも可能ではあつた。原告の菅長商店に対する昭和四九年一〇月三〇日現在の貸金債権は、昭和四八年一二月三一日貸付の二五〇万円、昭和四九年一月三〇日貸付の五〇〇万円、同年二月二日貸付の二〇〇万円、同年三月二日貸付の三〇〇万円、同年四月二日貸付の二〇〇万円、同年六月三日貸付の一〇〇万円、同年八月三日貸付の三二万円、以上を合計した一五八二万円(原告がその合計額を一四八二万円と主張しているのは計算の誤りと認められる。)であり、この貸金債権が本件求償金債権と併存していた。この両債権は法律上対等であつたので、どちらの債権に弁済を受けるかは債権者の自由である。従つて、原告が貸金債権の方に弁済を受けたのは違法でない。

(三)  菅長商店は、被告主張のとおり訴外菅野隆二に対して七五〇万円の貸金債権を有し、未回収のままとなつている。しかしこれは回収不能であるから右債権額について求償権を行使することも不能である。

(四)  菅長商店が仙台信用金庫北仙台支店に預金していた定期積立預金四口が昭和四九年三月一六日に解約されてその解約金三四二万五五二八円が原告名義に書替え預入されたことは被告主張のとおりであるが、これは原告が菅長商店に対し、昭和四九年二月に二〇〇万円、同年三月二日に三〇〇万円各貸付したところの貸金の返済に受領したものである。この定期積立金についても前と同じ理由により求償権を行使する余地はなかつた。

(五)  所得税法六四条二項の「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」とは、債権者が会社整理、破産、強制執行等の手続をとつたのに債権の支払を受けられなかつたように法律的事実にもとづき債権回収不能が明らかとなつた場合のみならず、債権者が求償権の行使をしても債務者の資力からみて債権の支払を受けられないことが明らかであるため法的手続をとらないで求償権を放棄した場合のように、債権者が債権回収不能とみることに経済的合理性のある場合も含むと解すべきである。本件はこの場合に該当する。

五  このように、原告の菅長商店に対する求償権はその全部について求償権の行使が不能であり(二五〇〇万円のうち求償権放棄しなかつた一七一万一八四〇円についても原告は全く弁済を受けられないまま菅長商店は昭和五四年五月三一日に解散のうえ清算結了した。)、二三〇八万八一六〇円について求償権を放棄し、右金額について所得の計算上なかつたものとみなして税額を算出した原告の再修正申告は正当であり、右金額について所得税法六四条二項の適用を否定した被告の更正決定は違法である。(なお、「譲渡資産の取得費」「解体及び整地工事代」については、別表「被告主張額」欄の金額であることを原告も認め、争わない。)

第三請求原因に対する被告の答弁と主張

一  請求原因一項ないし三項は認める。同四項中、冒頭のうち原告がその主張のとおり求償権を放棄したことは認めるがその余は争う。同四項(一)のうち、菅長商店が毎年多額の負債超過と営業損失の状態になつていたとの点を争う。同四項(二)は不知。同四項(三)のうち菅長商店が菅野隆二に対して有する七五〇万円の貸金債権額につき求償権行使が不能であるとの点を争う。同四項(四)のうち菅長商店の定期積立預金を解約のうえ原告名義に書替預入した理由については不知、これに対し求償権行使の余地がなかつたとの主張は争う。同四項(五)は争う。同五項は争う。

二  原告による再修正申告額の内訳は別表一「原告修正申告額」欄記載のとおりであり、これに対し被告が主張する正当な金額は同表「被告主張額」欄記載のとおりである。このうち、「譲渡資産の取得費」と「解体及び整地工事代」が被告主張のとおりであることは原告も争わないから、二三〇八万八一六〇円の求償権につき行使不能であつたか否かが本件の争点である。そして、右の求償権については、以下に述べるとおりその行使が不能であつたということはできない。

(一)  求償権が発生した昭和四八年一一月二九日前後の菅長商店の各決算期(昭和四七年三月期から同五二年三月期まで、以下同じ。)における決算内容に基づいて、営業実績の推移を考察すると次のとおりである。

(1) 貸付金

昭和四九年三月期から同五二年三月期までの間における決算報告書の勘定科目内訳明細書中の「貸付金及び受取利息の内訳書」によると、菅長商店が訴外菅野隆二に七五〇万円を貸付け、これが未回収となつていることが認められる。右事実は、少なくとも七五〇万円の範囲内で求償権行使が可能であることを示すものである。

(2) 借入金

右決算期別の借入金の期末残高の内訳は、次のとおりである。

番号

借入先

期別

〈1〉原告

(円)

〈2〉仙台信用金庫北仙台及び中央支店(円)

〈3〉その他

(円)

〈4〉合計

(〈1〉+〈2〉+〈3〉)(円)

1

昭和四七年三月期

二七一五万六〇〇〇

二八六万七〇〇〇

三〇〇二万二〇〇〇

2

同 四八年三月期

三〇七六万五〇〇〇

一〇七万〇〇〇〇

三一八三万五〇〇〇

3

同 四九年三月期

二三〇八万八一六〇

九四〇万三七三〇

一一四万〇〇〇〇

五万〇〇〇〇

三三六八万一八九〇

4

同 五〇年三月期

二三〇八万八一六〇

八一五万六七四五

三一二四万四九〇五

5

同 五一年三月期

一四〇一万五八四〇

三五〇万〇〇〇〇

四〇万〇〇〇〇

一七九一万五八四〇

6

同 五二年三月期

一〇九三万三九五一

一〇九三万三九五一

まず原告からの借入金について検討すると、原告は保証債務の履行に伴う貸付額二三〇八万八一六〇円以外に同社に対して多額の融資を行つていることが判る。特に昭和五一年三月期における貸付額は一四〇一万五八四〇円にも達しており、このことは原告が「貸倒れ」になることを承知のうえで融資しているとは考え難いところであるから、原告が自ら経営する同社に対する融資について、その回収が可能であるとの判断認識を有し、同社の事業活動を継続する意思を有していることを推測せしめるものである。現に、昭和五二年三月期には、右貸付額が一〇九三万三九五一円と減少し、同社が返済能力を有していたことを明らかに示しており、原告以外からの借入金についても同様のことがいえるのである。すなわち昭和五〇年三月期において〇円であつた右借入金が、昭和五一年三月期において三五〇万円と増加したにもかかわらず、その翌期の昭和五二年三月期には全額返済され、同社に返済能力が存在していたことを示している。

(3) 定期積立預金

本訴提起前の不服審査時における調査で、同社所有の定期積立預金の処理に、次のような問題点の存在することが認められ、それ故に、当該預金の範囲内において右求償権行使の可能であることが、右審査請求に対する「裁決書の謄本」により明らかである。すなわち、右保証債務履行時において、同社が借入先である仙台信用金庫北仙台支店に対して提供していた定期積立預金四口が、借入金の返済資金に充当されず、昭和四九年三月一六日に至つて突如として解約され、その解約金三四二万五五二八円全額が理由不明のまま、原告名義の定期預金として書替・預入されている事実が認められた。かかる経緯(操作)について担当審判官等は原告等に対して説明を求めたが、確たる申立て及び証拠の提出もなかつたことから、国税不服審判所は、右定期積立預金(定期預金)の範囲内において求償権の行使可能と判断しているものである。

(4) 当期純利益(損失)

同社の各決算期における「当期純利益(損失)」の申告状況は別表三のとおりである。

昭和五一年五月に、同社の業種に変更が認められるものの、同表が示すとおり、昭和四九年以降事業経営を継続し黒字決算の年時も存するのであつて、右事実からしても同社には借入金の返済能力及び他から資金の融資を受ける条件及び資質が潜在しているとの推測が可能である。

(5) 原告は、菅長商店の昭和四七年三月期以降の各決算書を根拠に菅長商店が長期間債務超過の状態が継続していた旨主張するが、昭和四八年三月期の決算書で次期繰越欠損金が一一七〇万六八〇七円であるのに、昭和四九年三月期の決算書で前期からの繰越欠損金が二二四五万一四〇七円と計上するという不当が存し、その後もこの不当な欠損金を引継いでいるから、この決算書に基づく原告の主張は根拠に乏しいものである。

(二)  原色と菅長商店とは特殊密接な関係にあつて原告は菅長商店を監督し援助している。菅長商店に対する原告以外の債権者は債権を放棄していないし、菅長商店は借入金の返済をしている。

求償権の行使が不能であるかどうかは、単に債務者が債務超過の状態にあるかどうかによつて決すべきものでなく、債務者の資力、信用、債権額、債権者の取立ての方法、これに対する債務者の態度等を勘案し、債権者が債権回収のために真摯な努力を払つたのにかかわらず客観的にみて回収見込のないことが確実になつた場合に始めて求償権の行使が不能であると判断されるべきである。

原告は本件求償権につき菅長商店に対し何ら回収の手段を講じないまま、回収可能であるのに任意にこれを放棄したものである。

三  このように、原告の本件求償債権については、所得税法六四条二項の「全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」に該当するとはいえず、従つて被告がこの求償権について同条を適用しないでなした本件更正決定に違法は存しない。

第四証拠 <略>

理由

一  原告が昭和四八年一一月一〇日国鉄に本件土地を代金七八五〇万八六八八円で売渡して同月二九日に右代金の支払を受けたこと、原告は菅長商店の仙台信用金庫に対する貸金債務について連帯保証し本件土地を担保に供していたため右の売買代金のうちから二五〇〇万円を仙台信用金庫に支払つて保証債務を履行し、菅長商店に対し同額の求償債権を有することになつたこと、原告は昭和四八年分所得税の確定申告につき、請求原因一項記載のように期限内申告、修正申告を経て昭和五一年五月六日に別表一「原告修正申告額」欄記載の内訳明細のとおり記載した再修正申告書を提出し、その中で右の求償債権額中二三〇八万八一六〇円について求償不能であるとして所得税法六四条二項により所得金額に算入せずその結果納付税額を三八四万三八〇〇円と申告したこと、これに対し被告が同年一二月一四日付で右の二三〇八万八一六〇円について所得税法六四条二項の適用を否定し、分離長期譲渡所得金額を四七三六万六一〇四円、税額を七一三万円とする更正決定をしたこと、これに対し原告が異議申立、審査請求の手続をとつたがいずれも棄却され、昭和五三年六月一九日頃その裁決書が原告に送達されたこと、分離長期譲渡所得金額を算出するに当つて収入金額から控除する必要経費のうち取得費が被告主張のとおり二六二万五五二一円であり、また解体及び整地工事代が被告主張のとおり四四万六九二七円であること、以上の点は当事者間に争いがない。

二  ところで所得税法六四条二項に該当する事由が生じた場合には、それがその資産の譲渡した年分の確定申告期限(三月一五日)までに生じた場合にはその確定申告の際に資産の譲渡代金から求償権の行使不能額を控除して譲渡所得の金額を申告し、若し右事由がその後に生じた場合には、その事実が生じた日から二ヶ月以内に限り確定申告書に記載した金額(当該金額について修正申告書の提出又は更正決定があつた場合には、その申告又は更正決定後の金額)について国税通則法二三条一項の規定による更正の請求をすることができるものとされている(所得税法六四条、一五二条)のであるが、所得税法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」とは、求償債権の相手方たる債務者について、破産宣告、和議開始決定をうけるか又は失踪、事業閉鎖等の事実が発生するとかあるいは債務超過の状態が相当期間継続し金融機関や大口債権者の協力を得られないため事業運営が衰微し再興の見込もないこと、その他これらに準ずる事情があるため求償権を行使してもその目的が達せられないことが確実になつた場合を指すものと解すべく、これは相手方債務者の資産や営業の状況、他の債権者に対する弁済の程度などを総合的に考慮して客観的に判断すべきものである。そして、求償権を行使すれば支払を受けられるのに行使せずに求償権を放棄しその結果として求償権を行使できなくなつたとしてもこれは所得税法六四条二項に該当しないものと解するのが相当である。

三  <証拠略>によると、昭和四七年から昭和五三年までの各三月三一日現在における菅長商店の資産額が別表二「資産額」欄記載のとおりであり、これに対する負債額(貸借対照表「負債の部」又は「負債及び資本の部」のうち資本金、利益準備金、繰越欠損金、当期純利益の各項目を除いた正味負債の金額)が別表二「負債額」欄記載のとおりであること、従つて正味資産が同表「差引正味資産(負債超過額)」欄記載のとおり(△印が負債超過額)であると認められる。もつとも<証拠略>によると、昭和四八年三月三一日現在の決算報告書において次期繰越欠損金(昭和四八年度に繰越す欠損金)を一一七〇万六八〇七円と記載したのに、昭和四九年三月三一日の決算報告書では繰越欠損金(昭和四七年度から繰越した欠損金)を二二四五万一四〇七円としていることが認められるところ、被告はこれをとらえて別表二記載の金額が不当である旨主張するが、原告本人尋問の結果によると、昭和四九年の三月期に繰越欠損金を増額したのは、前期の決算書に載つていなかつた簿外の借入金が存したためであることが認められるから、菅長商店の決算書の内容の正確性については疑問がないわけではないが、しかしそれだからといつて菅長商店の決算書類の内容がすべて正確性を欠くものともにわかに速断し難い。

四  菅長商店の各決算期における当期純利益(損失)の申告状況が別表三のとおりであることは当事者間に争いがない。これによると、昭和四九年三月期には一七五四万五四七五円の、また昭和五一年三月期には一〇一七万五七四九円の当期純利益を生じている。原告は、昭和四九年三月期の当期純利益の中には国鉄から受領した借地権消滅に対する補償金二二〇〇万円が含まれ、また昭和五一年三月期の当期純利益の中に本件求償債権放棄による債務免除益が含まれているほか昭和五〇年から昭和五二年の各三月期の当期純利益の中にも国鉄から受領した補償金が含まれているから、これを除外して計算すれば各期とも損失額が計上されることになる旨主張する。しかし、求償権の行使が不能であつたかどうかを判断するに当つては菅長商店の収入をすべての種類にわたつて把握しなければならず、営業外の臨時収入であるからといつてこれを除外して考慮しなければならない理由はなく、しかも菅長商店が国鉄から受領した補償金は後述のように原告や他の債権者に対する貸金債務の返済に用いられたものであるし、その結果として貸借対照表の資産、負債の内容や金額に変動を生ぜしめたものであるから、菅長商店の損益状況を考慮するに当つて同社が国鉄から受領した補償金を除外すべきでない。

五  菅長商店が訴外菅野隆二に対し七五〇万円の貸金債権を有することは当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すると、これは原告の子である右訴外人が昭和四八年一二月三一日に宮城県玉造郡鳴子町所在の別荘用建物(「鳴子ヴイラージユ」)の区分所有権とその敷地の共有持分権とを代金一二五〇万円で取得するための資金として菅長商店から借受けたものであること、これは将来の値上りを見込んで原告が同人に買わせたものであり、換金を急げば安値で処分せざるを得ないとしても相当価額を保有して現存していること、右訴外人は菅長商店が昭和五四年五月に解散するまで同社に勤務して月額一二万円位の給与を得ていたこと、以上の事実が認められる。そうすると、菅長商店の右訴外人に対する右の貸金債権について回収可能と認められ、従つて右貸金額につき原告が菅長商店に対し求償権を行使することができなかつたとは認められない。

六  <証拠略>によると、昭和四八年一一月二九日現在菅長商店は仙台信用金庫(北仙台支店扱い)に対し八口分元利合計四五〇八万八一六〇円の貸金債務を負担しこれについて原告が連帯保証していたところ、その頃菅長商店が国鉄から受領した借地権消滅に対する補償金二二〇〇万円のうちから二〇〇八万八一六〇円、原告が国鉄から受領した土地売買代金七八五〇万八六八八円のうちから二五〇〇万円を右同日にそれぞれ仙台信用金庫に支払つた結果右貸金債務が消滅したことが認められる。

右のように仙台信用金庫に対する菅長商店と原告からの支払が同時に行われた関係上、原告の菅長商店に対する求償金債権発生の時に菅長商店には国鉄から受領した右補償金のうち二〇〇八万八一六〇円が手許に無くなつていたためこれについて求償金債権を行使することはできないが、残額一九一万一八四〇円は残つていたのであるから、これに対し求償権を行使することは可能であつたと認められる。

七  菅長商店において仙台信用金庫に預け入れていた定期積金四口が昭和四九年三月一六日に解約されたうえその解約金三四二万五五二八円が原告名義の定期預金として預け替えされたことは当事者間に争いがない。原告はこれにつき、原告が菅長商店に対し昭和四九年二月に二〇〇万円、昭和四九年三月二日に三〇〇万円貸渡した二口の貸金合計五〇〇万円の返済を受けた旨主張し、<証拠略>によると、三浦章司税理士が仙台国税不服審判所の審判官から釈明されたのに応じてこの預け替えの理由について調査したところ、原告から聞いた結果が右原告主張のとおりであつたのでその旨同審判官に説明したことが認められる。右原告の主張は、昭和四九年一〇月三〇日現在において原告が菅長商店に対し一五八二万円の貸金債権を有しその内訳の中に昭和四九年二月二日貸付の二〇〇万円と同年三月二日貸付の三〇〇万円が含まれているという原告の主張と矛盾するが、仮りに菅長商店の定期積金四口の解約金三四二万五五二八円が右の二口の貸金の返済に充てられたものとしても、右の二〇〇万円と三〇〇万円の貸金は本件求償金債権より後に発生したものであつて、前期定期積金解約金につき本件求償金債権に先んじて右二口の貸金債権を行使しなければならない合理的理由は認められない。従つて、この定期積金解約金から本件求償金債権の支払を受けることはできなかつたという原告の主張は採用できず、これについても本件求償権を行使することは可能であつたということができる。

八  昭和四九年一〇月三〇日に菅長商店が国鉄から建物損失等補償金一一三九万八〇〇〇円の支払を受けたことは被告において明らかに争わない。原告は、同日現在において菅長商店の原告に対する貸金債務が一五八二万円あつて右の補償金のうち八〇〇万円をその返済にあてたほか、遠藤昭子に三五万円をまた仙台信用金庫に二〇〇万円を貸金返済のため支払い、手形決済のため一〇四八万円支払つた旨主張する。しかし、原告主張にかかるところの菅長商店の原告に対する一五八二万円の貸金債務の中には昭和四九年二月二日借受けの二〇〇万円と同年三月二日借受けの三〇〇万円が含まれており、これが定期積金解約金の中から返済されたか否かは別としても、原告に対する貸金債務はすべて本件求償金債権発生の後に生じたものであり、また、<証拠略>によると昭和四九年三月三一日現在において遠藤昭子からの借入金は無く、仙台信用金庫からの借入金残額も一一四万円であつたことが認められるから、右の仙台信用金庫の一一四万円を除いたこれら貸金も本件求償金債権発生の後に生じたものということになる。手形決済分一〇四万八〇〇〇円というのもその内容は不明であるが、これについて手形不渡り防止のため優先的に支払にあてなければならないとしても、この分と仙台信用金庫関係の一一四万円を除いたその余は本件求償金債権に先んじて弁済しなければならない合理的理由は認められない。従つて、右の補償金から本件求償金債権に対する支払を受けられないという原告の主張は採用できず、少くとも右の手形決済分と仙台信用金庫の一一四万円を控除した九二一万円については求償権を行使することが可能であつたということができる。

九  昭和五一年四月一四日に菅長商店が国鉄から損失補償金四八八万五六〇〇円の支払を受けたことは被告において明らかに争わない。原告は、このうち三五〇万円を仙台信用金庫に対し貸金返済のため支払い、また一三一万九七六〇円を手形決済にあてた旨主張する。しかし、まず仙台信用金庫に対する分についてみると、<証拠略>によると昭和五〇年三月三一日現在において同金庫からの借入金が全く無いことが認められるから、右三五〇万円の貸金債務は昭和五〇年四月一日以降即ち本件求償権債権発生より一年四月以上も後に発生したものということになるし、これを本件求償金債権に優先して弁済しなければならない合理的理由が認められない。次に、<証拠略>によると、昭和五一年三月三一日現在における菅長商店の支払手形は四口合計八二万一八〇五円相当分しかないことが認められるので、右金額を超える金額の手形は昭和五一年四月一日以降に振出されたことになつてこれが同年四月一四日頃に支払期日が到来するとは考えられない。

従つて、右の補償金から本件求償金債権の支払をうけることが不可能であるという原告の主張は採用できず、右補償金額から八二万一八〇五円を控除した四〇六万三七九五円に対し本件求償権を行使することは可能であつたと認められる。

一〇  以上のとおりであり、菅長商店の菅野隆二に対する貸金債権、定期積金解約金、国鉄から受領した補償金から優先的に支払う必要のある債務を控除した金額など前述の五ないし九項の金額を合計すると、本件求償権の行使が可能と考えられる菅長商店の現実の資産が二六一一万一一六三円あつたことになる。

次に、菅長商店の資産状況が別表二のとおりであり、また損益状況が別表三のとおりであること前述のとおりであつて、昭和四九年三月期と昭和五〇年三月期の負債額の中に本件求償権債務が含まれていることを考慮に入れると、昭和四七年三月期、昭和四八年三月期に比して資産状態が悪化しているとはいえないし、また収支面において損失状態が継続しているともいえない。そして、<証拠略>によると、菅長商店は昭和四八年秋頃までは円滑に営業利益をあげておりその後のいわゆる石油シヨツク以降に経営が苦しくなつたものであること、それでも金融機関から新たに融資をうけるなどして昭和五四年五月三一日に解散するまで営業を続けて来たこと、解散したときは金融機関に対する貸金債務はすべて返済し、それ以外の債務も大部分支払済みとなつたこと、以上の事実が認められる。

そうすると、本件求償金債権につきその支払を受けることができない状況にあつたとは認められない。そして、求償権の行使が不可能でないのに求償権を放棄したとしても所得税法六四条二項にいう求償権を行使することができないこととなつたことには該当しないこと前述のとおりである。

そうすると、土地譲渡代金のうち二三〇八万八一六〇円について求償権の行使ができなくなつたとして所得税法六四条二項によりこれを所得金額に算入しないでなした原告の再修正申告に対し、右金額について所得税法六四条二項の適用を否定して被告がなした本件更正決定は違法でない。

よつてその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤和男 斎藤清実 荒井純哉)

別表一ないし三 <略>

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